5月に日本で映画公開される『ダ・ヴィンチ・コード』(ダン・ブラウン著)。キリスト教会関係者からは本書の悪影響を危惧する声が出てきている。そんな中、東京・千代田区のお茶の水クリスチャンセンターで3月11日に開かれた日本福音主義神学会東部部会「春の合同研究会」(同歴史神学部門、実践神学部門主催)では、この『ダ・ヴィンチ・コード』が取り上げられた。講師の丸山悟司氏(バプ教会連合・御園バプテスト教会牧師、聖契神学校講師〔教会史〕)は「教会史的視点から見た『ダ・ヴィンチ・コード』」と題して講演し、問題点を指摘した。 『ダ・ヴィンチ・コード』は、ルーブル美術館の館長が殺される事件を発端に、「最後の晩餐」に隠された暗号を解読していくというサスペンス小説。場面展開が速く、ジェット・コースター・サスペンスとも呼ばれる本書は、03年発行以来全米で1千万部、日本でも400万部を売上げ、世界44か国語に翻訳されたベストセラーだ。 しかし、「イエスとマグダラのマリアは結婚し、子どもも生まれていた。初代教会はその事実をひた隠しに隠していた」「この物語はすべて事実に基づいている」など、キリスト教会が保持してきた伝統的な教理を揺るがす内容も含む。 丸山氏はダン・ブラウンが「イエスとマグダラのマリアが夫婦である」証拠とするグノーシス主義の古文書「ナグ・ハマディ文書、ピリポの福音書」の“連れ”と訳される言葉を取り上げ、こう述べた。「彼は『主の連れはマグダラのマリア』のくだりを決定的証拠とする。“連れ”の言語はコプト語で“コイノノス”と言い、同伴者、何か大事なものを共有する人の意。ピリポの福音書では2回しか出てこない。文脈から見ても“妻”と断定するのは無理がある」 「この書には、実は“妻”と訳される言葉が4回出てくる。もしマグダラのマリアがイエスの妻だったとしたら、ピリポの福音書著者がなぜこちらの言葉を使わなかったのか疑問だ」 以上の理由から、「ナグ・ハマディ文書からイエスとマグダラのマリアが夫婦であると弁証するのは無理がある」と結論づけた。 本書の内容が歴史的、客観的な視点、綿密なデータに基づいているとは言えないとも。「彼は様々な教会史、美術史、聖書にまつわることなどが、あたかも真実であるかのごとく断定している。しかし、彼の説には独断的主観論が目立つ」 むしろ、なぜダン・ブラウンがそこまで自説に固執するのかが重要だと言う。「彼がニューエイジ的思想の持ち主だと分かると納得がいく。歴史的信憑性を度外視してまでもグノーシス文書を優先するのは、そのほうが自分たちの考えに合うからだ」 最後に丸山氏はこう述べた。「祈祷会で『ダ・ヴィンチ・コード』の話をした。ある教会の男性が『もしそのイエスが本当なら、そこには何の救いも希望もない。それが真実なら死んでもいい』と語っていた。教会史を見ると、異端と向き合うことによってクリスチャンたちは自分たちの信仰を再吟味し、純化させていった。私たちもそういう機会として『ダ・ヴィンチ・コード』を用いていきたい」 【中田 朗】
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