もっと人間関係力を高めたいあなたへ、パフォーマンス心理学博士が贈る聖書のことば


佐藤綾子の
人とつきあう聖書の知恵
第29回




プロフィール

佐藤綾子(さとうあやこ):

日本大学藝術学部教授。博士(パフォーマンス学・心理学)。信州大学教育学部、ニューヨーク大学大学院パフォーマンス研究学科卒業。上智大学大学院文学研究科博士課程修了。1980年、日本初のパフォーマンス学創始。以降、各種ビジネスのブレインとして幅広く活躍中。著書150冊。最新刊『日経 WOMAN 元気のバイブル』(日経ビジネス人文庫)、『なぜあの人は尊敬されるのか』(中経出版)、『新版 かしこい女は、かわいく生きる。』(PHP研究所)。「佐藤綾子のパフォーマンス学講座(R)」を主宰。社団法人パフォーマンス教育協会(国際パフォーマンス学会)理事長。
ホームページ=http://www.spis.co.jp/


目次

母と息子

 昨年、なんとも不思議な母と子の記者会見の場面を分析する依頼がテレビ局からありました。 伝統ある日本の料亭で、客が一度食べ残したものをもう一度皿に盛りなおす「使い回し」が発覚したときのおわび会見です。社長である息子が記者の質問に対して、「えー」と言ったきり目を白黒させてことばが出てこなかったのです。
 そのとき、右側に立っていた母親が、「頭のなかが真っ白になりました」とささやきました。それを右の耳で聞いた息子はその通りに、「頭の中が真っ白になりました」と答えたのです。
 ところが、高感度マイクはその耳うちのことばを拾ってしまったのです。あきらかに母親の口マネです。息子の信用はガタ落ちで、「マザコンね」と話題になりました。
 母が息子を溺愛し、母親自身の生きがいを息子の教育とすり替えてしまうと、心理学的には、息子の「個性化」と「社会化」を妨げたり、進路を間違えさせたりすることになります。息子はなかなか自分で決断する力が育ちません。なんでも母の指示を仰ぐようなことになります。これが「共依存」です。
 この状態が続くと、母親は息子だけを自分の人生の生きがいとし、息子が育った途端に「空の巣症候群(empty nest)」となり、一気に「私の人生はなんだったの?」となります。こうならないために、素晴らしいお母さんの姿を聖書で見てみましょう。旧約聖書・サムエル記第一の一章から登場するハンナの姿です。
 エルカナの二人の妻のうちの一人であったハンナは、長い間、子どもに恵まれませんでした。ここでハンナは泣きながら、誓願を立てて主に祈りました。
 「もし、……男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を主におささげします」と。(サムエル記第一 一章11節)
 そして、主は彼女の祈りを聞かれ、ハンナは男の子を産みます。サムエルです。ハンナは、サムエルが乳離れするまで乳を飲ませましたが、いざ乳離れすると、雄牛三頭、小麦粉一エパ、ぶどう酒の皮袋一つを持って、幼い息子を祭司エリのところへ連れていきます。
 「おお、祭司さま。あなたは生きておられます。祭司さま。私はかつて、ここのあなたのそばに立って、主に祈った女でございます。
 この子のために、私は祈ったのです。主は私がお願いしたとおり、私の願いをかなえてくださいました。それで私もまた、この子を主にお渡しいたします。この子は一生涯、主に渡されたものです。」(一章26〜28節)
 なんという大きな愛と潔さかと感動するではありませんか。
 今、晩婚化もあって、不妊治療が盛んです。その数は過去最多になっています。たくさんの母たちの願いを背負って生まれてきた大切な子どもたち。つい子どもを自分の元に縛りつけたくもなるのでしょう。
 でも、男の子が心身ともに健康に育っていくために、母親と息子の距離のとり方は、現代人も学ぶところが大いにありそうです。息子への偏愛を生きがいにするよりも、お母さん自身が自分の生きがいを持つこと、青年期に入った息子には必要以上に支配欲求や独占欲求をぶつけないこと。そして何より、子どもが社会で大きく羽ばたいていくのを見守ること。息子が一定の年齢を越えたら、「彼は社会の一員として、別の人格を生きているのだ」と、彼の人生の発展を祈っていきましょう。